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瑞蓮寺
真宗大谷派 慈雲山
Greeting
ご挨拶

副住職
浅井 正樹

第十八世住職
浅井 仁麿
History
沿革
1596年(慶長元年)
浅井壽幸により瑞蓮寺が建立される。
1637年(寛永14年)
初代住職の浅井壽幸が没する。
1868年(明治元年)
大谷派嗣講を勤めた第十二代の圓順没する。
1918年(大正7年)
元松居庄七宅(現在の瑞蓮寺庫裏)が三上棟梁により建てられる。
1944年(昭和19年)
京都市の戦争疎開政策により、瑞蓮寺が堀川三条から錦小路へ移転。
1956年(昭和31年)
瑞蓮寺が現在の新町通蛸薬師へ移転。
1965年(昭和40年)
瑞蓮寺が本堂を建立。
Introduction to the maphrod
今月の掲示板
真宗門徒は本来、絶対他力によるのであるから、現世利益をたのまないのがその特徴ですが、養蚕農家では天候、ネズミや害虫などから蚕が守られ無事に育つようにとお守りが蚕室に貼られたりしていました。
句仏上人は地方巡業された折にそのような光景を目にされたのでしょう。
この人たちも親鸞聖人の教えを仰ぐ真宗の門徒である。しかし同時に日々の暮らしとして養蚕を生業としている。その蚕のためにお守りを貼って無事を祈っているのである。そこに一種のねじれがあるのですが、上人はそれをそのまま受け取っておられます。一見皮肉を言っておられるようですが、真剣に日々を生きている門徒同行の様子にまた力強さも感じられたのではないでしょうか。
真宗ではお守りは用いません、などという批判はこの句の持つ庶民のたくましい暮らしぶりの前では、おとなしく引き下がらざるを得ません。
句仏上人の俳句
名は門徒 現世を祈る お蠶の護符
真宗門徒は本来、絶対他力によるのであるから、現世利益をたのまないのがその特徴ですが、養蚕農家では天候、ネズミや害虫などから蚕が守られ無事に育つようにとお守りが蚕室に貼られたりしていました。
句仏上人は地方巡業された折にそのような光景を目にされたのでしょう。
この人たちも親鸞聖人の教えを仰ぐ真宗の門徒である。しかし同時に日々の暮らしとして養蚕を生業としている。その蚕のためにお守りを貼って無事を祈っているのである。そこに一種のねじれがあるのですが、上人はそれをそのまま受け取っておられます。一見皮肉を言っておられるようですが、真剣に日々を生きている門徒同行の様子にまた力強さも感じられたのではないでしょうか。
真宗ではお守りは用いません、などという批判はこの句の持つ庶民のたくましい暮らしぶりの前では、おとなしく引き下がらざるを得ません。

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